うるま市の米軍基地
うるま市は沖縄本島中部の東海岸に位置し、那覇市から約 25 kmの距離 にあります。金武湾と中城湾に面し、東南部に広がる勝連半島の北方海上、及び東方海上には、有人、無人の 8 つの島々があり、美しい風景と豊かな自然環境に恵まれています。うるま市は、平成17年4月1日に具志川市、石川市、勝連町、与那城町の個性豊かな 4 市町が合併して生まれた街です。
本市には、キャンプ・コートニー、キャンプ・マクトリアス、ホワイト・ビーチ地区、陸軍貯油施設、嘉手納弾薬庨地区などの米軍施設・区域や海上自衛隊沖縄基地隊、陸上自衛隊勝連高射教育訓練場などの自衛隊施設・区域が所在しており、基地総面積は 6,632 千m²で市面積 86,030 千m²の約 7.7%を占めています。
キャンプ・コートニーとは!?
キャンプ・コートニー(Camp Courtney)は、沖縄県うるま市にあるアメリカ合衆国海兵隊の駐屯地。
キャンプ・バトラーの一部で、第3海兵遠征軍と第3海兵師団の司令部があります。
なおキャンプ・バトラーは物理的な基地を意味するものではなく、沖縄の海兵隊施設全体を包含する際の呼称です。
キャンプ・コートニーは、沖縄本島東岸、うるま市天願の北側に位置する県道75号線の東にあります。
金武湾に面し、北には同じく米軍基地の陸軍貯油施設、天願桟橋、西側にキャンプ・マクトリアス、その南側にはうるま市役所があります。
駐屯地名は名誉勲章に叙されたヘンリー・A・コートニー少佐にちなんで命名されました。コートニー少佐は、1945年5月15日に沖縄戦シュガーローフの戦いで戦死しています。
基地内には、天願城と天願貝塚などの遺構があり、基地の中にあるため、まったく未調査のまま。
どのように遺構が保存されているか不明となっています。キャンプ・コートニーは、天願城の遺構のすぐそばの Tengan Castle という施設をセレモニー会場やレストランとして使用しています。
キャンプ・コートニーのあゆみ
1956年1月、神奈川県横須賀市のキャンプ・マクギル から米海兵隊第3海兵師団が移駐。当初は、当地の名をとってキャンプ天願と呼ばれていました。
最初に駐留した海兵隊部隊はコンセント・ハット、ニッセン・ハット、バトラー・ビルディングと呼ばれる兵舎を使用。
殆どの建物は「強い支え」があるとされていましたがこれは、沖縄諸島に頻繁に襲来する台風から建物を防護するための処置。
当初キャンプ天願に配置された部隊は司令部大隊、師団軍楽隊、トラック大隊でした。
師団司令部は、主に正門内側の1号通り沿いに無秩序に入居していましたが、防空陣地は駐屯地至近に設営。所在部隊は、以前は月1度実弾訓練を実施していました。
各司令部が集まっていることから、日本に駐留する海兵隊の中枢機能を担っています。
司令部の他、ヘリパッド、礼砲台、将校クラブ、管理事務所、下士官宿舎、補給倉庫、車両修理工場、食堂、家族住宅、売店、劇場、スケートリンクなどが存在します。
ゲート前にはTATTOO屋、小さな食堂が2~3店舗ある。
隣の具志川の町にも、北側の石川の町にもキャンプハンセンの前にあるようなBARはない。
キャンプ・コートニーの詳細
総面積 | 1,339千m2 |
提供水域面積 | 1.47km2 |
地主数 | 1,052人(2019年現在) |
年間賃借料 | 1,394,000,000円(2018年度実績) |
駐留軍従業員数 | 311人 |
管理部隊 | 在沖米海兵隊基地司令部 |
使用部隊 | 第3海兵遠征軍司令部、第3海兵遠征軍本部役務中隊、第31海兵遠征部隊、第3海兵師団司令部、第3海兵師団司令部大隊 |
キャンプ・コートニー倍率
現在掲載されているのはグーホームにあった1件。
1,548万円÷32.2万円=48.07倍
嘉手納飛行場と比較すると10倍くらい安いことになる。
ここ数カ月の売り物を見ても、だいたい48-50倍のが多い。
ちなみに、嘉手納飛行場の記事で書いた金融機関の倍率表からみると、C地区の50倍に入っている。
そこから考えると、現在の50倍切っている価格は適正価格と判断される。
キャンプ・コートニーフリーマーケット
去年と今年(2021年)はコロナ禍のため中止になっているが、その前はかなりの盛り上がりをみせていた。
この日は一般の市民も基地内に入ることができる。
ゲートの中にいろいろなショップやキッチンカーが出てアメリカの雰囲気を体験することができるイベント。
個人的にキャンプ・コートニーに努めている友人がいるので、招待されていったことがあるが楽しいイベントだ!
キャンプ・コートニーで開催されるイベントはこちらに掲載されるので興味のある方はチェックしてもらいたい
ごーやどっとネットにも情報が掲載されています
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