軍用地地主会!「軍用地」に興味があるなら、まずは「土地連」地主会の存在を知ることが大切

軍用地地主会

軍用地に興味のある方なら、一般社団法人 沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連)の名前を聞いたことがあるはずです。「土地連」は、沖縄の軍用地に関する問題解決、地主の財産権の擁護及び福利厚生を行う団体です。

2020年7月末現在で、会員数は110。その内訳は、市町村20。地主会22、個人68。ちなみに地主の数は、およそ4万人にいると言われています。
果たして、「土地連」はこれまで、「軍用地」に関して、一体どんな役割を果たしてきたのでしょうか。

戦後の「軍用地」にまつわる歴史 「土地連」の果たした役割

軍用地の歴史

ここでまず、「軍用地」の歴史を振り返ってみましょう。
米軍が日本に軍事基地を持つようになったのは、1945(昭和20)年。敗戦後、旧日本軍の使用地をそのまま使う形で始まりました。
しかも米軍の調達命令(PD=Provide Directive)一つで、飛行場など軍事施設ばかりではなくホテルや劇場、さらには住宅までも有無を言わさず接収されてしまいました。

米軍によって強制接収された土地は、1952年「対日講和条約(サンフランシスコ平和条約)」の締結まで土地所有者になんの対価も支払われないまま、強制使用が継続しました。
しかも講和条約によって日本本土は占領から解放されたものの、沖縄はアメリカに占領支配されたままの状態が続きました。

生まれ育った土地をなくした人たち

生まれ育った土地をなくした人たちは、米軍によって自分の土地を強制接収された住民に割り当てられた「割当土地」に住まいを移されることになりました。
沖縄の住民にとって「軍用地」は、感情のやり場のない理不尽な経緯があったのです。

戦中から戦後にかけて米軍が囲い込んだ土地は、沖縄本島のなんと41%にものぼり、生まれ育った土地を追われた地主は5万人にも及んだと言われています。
そんな窮状を見かねて立ち上がったのが、沖縄県軍用地等地主会連合会(通称「土地連」)の初代会長を務めた桑江朝幸さんです。

桑江は「アメリカは速やかに米軍が使用している土地の地料を払うべき」と住民の権利を主張して県内を巡り、財産権復活を目指す運動を展開。3700人分の署名を集めて、時のヘイドン長官に地料を求め、米軍の軍用地料支払いへの道筋をつけます。

こうした機運が高まる中、アメリカ政府は突然「軍用地料一括支払い」の方針を打ち出します。これに対して「土地連」はすぐに反対を表明。1954年には「軍用地の適正地料支払い」を巡って審査が始まるもその矛盾点が浮き彫りとなり、マスコミを通じて日本はおろか全米でも報じられ、広く論議を呼ぶこととなりました。

ところが翌年、アメリカ政府は、プライス調査団を派遣。現地視察の上、プライス調査団は沖縄サイドに「地料の一括支払い」と「新規接収の受諾」を勧告しました。しかしこれに対して、米高等弁務官が立法院議員議長室で「一括支払いの中止する」ように指令。

1958年にはアメリカ政府のブース高等弁務官より、「アメリカ政府は一切の期限付き土地保有権を破棄」「これらの土地を使用するために地料を毎年支払う」との声明を発表しました。
桑江は、その後も地料を2倍に引き上げるなど沖縄住民の財産権の回復に尽力しています。

『ミスター軍用地』 桑江朝幸を知らずして「軍用地」を語らず

ミスター軍用地桑江朝幸物語
2018年2月3日は、軍用地の権利回復を求め奔走した桑江朝幸氏の生誕100周年。
沖縄の貧しい家に生まれた桑江は、学校の成績は常に優秀。20歳で徴兵検査に合格すると上京すると皇居周辺を警護する近衛兵の任務につきました。

終戦後の翌年、再び沖縄の大地を踏むと故郷・沖縄の地に米軍住宅が立ち並ぶ一方、捕虜として収容所暮らしを余儀なくされる沖縄住民の現状に激しい怒りを覚え、土地を奪われ生活に困窮する軍用地の地主の権利回復を求めて、土地闘争に全力を注ぎました。

逆境にあっても、不屈の精神と愛郷の思いを持って幾多の困難に対し、その人生を賭して乗り越えてきた桑江氏の軍用地にかけてきた思い、歩んできた歴史を後世に受け継いでいくことを目的として、桑江朝幸銅像公園も設立されています。

「軍用地」を語るなら「土地連」地主会の存在をなくして語れない

沖縄の「土地連」には、地主がおよそ4000人。地区ごとに22の地主会が存在します。
「軍用地」を知るなら、地主会と管轄する所管施設について、まず頭に入れておきましょう。
沖縄にある米軍基地

北 部

国頭村軍用地地主会

住所:国頭郡国頭村字桃原

名護市軍用地等地主会

住所:名護市辺野古136-3
<所管施設>①キャンプ・シュワブ ②キャンプ・ハンセン ③辺野古弾薬庫

恩納村軍用地地主会

住所:国頭郡恩納村字恩納2451 恩納村役場総務課
<所管施設>①キャンプ・ハンセン②嘉手納弾薬庫地区③航空自衛隊・恩納分屯基地

宜野座村軍用地等地主会

(住所:国頭郡宜野座村字宜野座296 宜野座村役場総務課)

(一社)金武町軍用地地主会

住所: 国頭郡金武町字金武224-7
<所管施設>駐留軍施設及び自衛隊施設
①キャンプ・ハンセン②金武レッドビーチ訓練場③金武ブルービーチ訓練場
④空自・恩納高射教育訓練場

伊江村軍用地等地主会

住所:国頭郡伊江村東江前38 伊江村役場総務課
<所管施設>伊江島補助飛行場

中 部

うるま市石川軍用地等地主会

住所:うるま市石川石崎1-1うるま市役所石川庁舎

うるま市勝連軍用地地主会

住所: うるま市勝連字平安名1375番地102号
<所管施設>①ホワイト・ビーチ地区②陸上自衛隊 勝連高射教育訓練場
③海上自衛隊 沖縄基地隊

(一社)うるま市軍用地等地主会

住所:うるま市字天願145

(一社)沖縄市軍用地等地主会

住所: 沖縄市仲宗根町35-14

<所管施設>
(1)駐留軍施設及び自衛隊施設
①嘉手納飛行場②嘉手納弾薬庫③キャンプ瑞慶覧④瑞慶覧ケーブル敷
⑤キャンプ・シールズ⑥泡瀬通信施設⑦陸軍貯油施設⑧陸上自衛隊・白川分屯地
⑨陸上自衛隊・沖縄訓練場
(2)県企業局用地
⑩山里調整池
(3)沖縄電力用地
⑪嘉手納変電所(嘉手納飛行場内)⑫沖縄幹線

読谷村軍用地主会

住所: 読谷村字喜名2346番地11 読谷村地域振興センター
<所管施設>①米軍嘉手納弾薬庫地区②米軍トリイ通信施設

(一社)北谷町軍用地等地主会

住所:中頭郡北谷町字吉原978
<所管施設>
(1)駐留軍施設 ①嘉手納飛行場②キャンプ桑江③キャンプ瑞慶覧④陸軍貯油施設
(2)沖縄電力用地 ⑤桑江変電所⑥66kV北谷線

北中城村軍用地等地主会

住所:中頭郡北中城村字安谷屋1353 JAおきなわ北中城支店
<所管施設>キャンプ瑞慶覧

宜野湾市軍用地等地主会

住所: 宜野湾市字野嵩736 JAおきなわ宜野湾支店
<所管施設> ①普天間飛行場②キャンプ瑞慶覧③陸軍貯油施設

浦添市軍用地等地主会

住所:浦添市安波茶3-2-9 JAおきなわ浦添支店
<所管施設> 牧港補給地区(キャンプ・キンザー)

南 部

(一社)沖縄県那覇空港用地等地主会

住所:那覇市高良2-3-18 JAおきなわ高良支店

那覇軍用地等地主会

住所: 那覇市山下町16-9
<所管施設>
①那覇港湾施設②陸上自衛隊・那覇訓練場③陸上自衛隊・那覇駐屯地
④航空自衛隊・那覇駐屯地那覇宿舎⑤那覇空港用地

糸満市軍用地主会

住所:糸満市字与座1544番地 拓洋鉱業内

南城市佐敷軍用地等地主会

住所: 南城市佐敷字佐敷203

南城市知念軍用地等地主会

住所: 南城市佐敷字新里1870 南城市役所 田園整備課

八重瀬町軍用地等地主会

住所: 島尻郡八重瀬町東風平1188 八重瀬町役場総務課

具志川軍用地地主会

住所:島尻郡久米島町字大田312

(参考文献:「軍用地の教科書」仲里桂一著)

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