「軍用地」の最大のリスクと言われるのが、基地返還に伴う価値の下落と言われています。
しかし、本当にそうでしょうか?「普天間飛行場」の軍用地を最近買った地主さんによると、「返還された軍用地こそ、資産作りのチャンス!!」なのだとか…。
その根拠となるのが、「返還が決まるまでは、借地料がもらえる」。
しかも「軍転法」の改正で、「返還後区画整理された土地が使用可能のなるまで、借地料がもらえる」。
そこが「返還軍用地」の最大の魅力。では、この魅力を支える「軍転法」とはなんなのか。
今回は、そこにスポットを当てて、深掘りしてみましょう。
1978年に国に要請した「軍転法」のルーツ
「軍転法」は、沖縄の基地返還を促進する目的で長い道のりを経て、1995年に議員立法でようやく成立しています。
正規の名称は「沖縄県における駐留軍用地の返還に伴う特別措置に関する法律」。「転」の字は、一体何に由来するのでしょうか。
そもそも1978年、沖縄県は「沖縄県における軍用地の転用及び軍用地跡地の利用促進に関する特別措置法」の制定を国に対して要請したことが「軍転法」ができるきっかけとなりました。
この長い名称からもわかるように、駐留軍用地に限定せず、自衛隊も含む「軍」用地を平和的事業への”転用”について、特別措置を求めたものです。
しかし、この法案は、国に正式に要請されたものの、立法への動きにつながらず、立ち消えとなりました。
1995年「地主援護の法」として成立
しかし、基地撤去を主張する革新知事が登場。1991年、沖縄県は新しい法案を作成して、国に対して再び立法化を要請します。しかし91年の内容を一言で言うと「返還要求」の性格を薄め、「跡地利用」の促進に的を絞った現実的な要求に変わっています。それでも国は取り上げる動きを見せませんでした。
91年の法案の骨子は三本柱。
①基地の計画的返還
②自治体の財政対策
③返還後一定期間の地料相当額の保証
この内、①②は削除され、③をより広い範囲、つまり跡地利用事業の有無にかかわらず、地料相当額を保証する方向で修正されることに落ち着きます。
つまり、「軍転法」は、「基地返還の法」から「跡利用促進の法」へ、さらに「地主援護の法」へと性格を変えたのです。
これが、「軍転法」の成り立ちです。
(参考資料:「沖縄米軍基地と法の果たす役割」仲地博)
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